明日の予報は流星嵐。

放課後のプレアデスのことだけ書くと言ったな。実はあれは嘘だ。更新はあまりしません。

2021年:書物10選

私は書物が結構好きです。大學生になり電車通学の時間が長くなったのですが、暇な時間を有効活用したいと思い、書物に触れる機会が多くなりました。そのうち自分がどのようなジャンルの書物をどれくらい読んでいるのか気になり始め、2017年からちまちま読書記録をつけ始めました。これまでに読んだ本の一覧は、こちらから見ることができます。もけもけの本棚 (もけもけ) - ブクログ

今年は150冊の書物と出会いました。その中でも特に印象深かった書物をラフに紹介したいと思います。

なお、紹介順は読了順に対応し、作品ごとの優劣を表すものではありません。

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『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。 (新潮文庫)』 著者:川上和人

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著者の川上和人氏について、科学系のテレビ番組で何度か見たことがあったのと、タイトルの持つ強烈なインパクトに惹かれて思わず手に取りました。文体、というか著者の言葉選びのセンスが光る作品だなと感じました(ユーモア方向に振っているが故に、好き嫌いは分かれると思います)。堅苦しい感じで語るのではなく、面白おかしく全力で鳥の魅力を伝えようとする姿勢に感動しました。それでいて学術的な側面がおろそかにされているわけでは無いので、科学本としても満足できると思います。

鳥について興味がある、ちょっと面白おかしい文章を読みたいという人はもちろん、フィールドワークを専門としている学者がどんなことをしているのか知りたい人におすすめの一冊です。

「鳥が好きだと思うなよ。」いや、鳥大好きすぎじゃなきゃここまで書けないよ。THE・最高に研究を楽しんでいる学者感満載で、眩しい限りです。

続編として『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』も執筆されているのですが、こちらもおすすめです。古生物学という、著者にとっては分野外(?)であるはずのトピックに関してこれだけ書けるというのは、サイエンスに携わる者の端くれとしては驚きを隠せませんでした。でも考えてみると始祖鳥って恐竜に近いと言われてるはずだし、鳥をさかのぼっていくと恐竜にたどり着くってのはもっともらしいよな。

 

星の王子さま (新潮文庫)』 著者 : サン=テグジュペリ 河野万里子

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言わずとしれた名作ですが、今まで一度も読んだことがありませんでした。本質からは少し外れますが、まず金が入った装丁がとてもきれいでした。表紙を前にして本棚に飾っておきたいくらいです。可愛らしい挿絵も多く含まれていて、目で見ても楽しめる一冊だと感じました。きっと子供の頃に読んだ場合と大人になってから読んだ場合とで印象は大きく異なるんだろうな、という感じを受けました。いくつか気に入ったフレーズを紹介します。

「何百万年も昔から、花はトゲをつけている。何百万年も昔から、ヒツジはそれでも花を食べる。なんの役にも立たないトゲをつけるのに、どうして花があんなに苦労するのか、それを知りたいと思うのが、大事なことじゃないって言うの?ヒツジと花の戦いが、重要じゃないって言うの?赤い顔の太ったおじさんのたし算より、大事でも重要でもないって言うの?ぼくはこの世で一輪だけの花を知っていて、それはぼくの星以外どこにも咲いていないのに、小さなヒツジがある朝、なんにも考えずにぱくっと、こんなふうに、その花を食べてしまっても、それが重要じゃないって言うの!」。

 

王子さまは、今や顔を紅潮させていた。そして続けた。

 

「もしも誰かが、何百万も何百万もある星のうち、たった一つに咲いている花を愛していたら、その人は星空を見つめるだけで幸せになれる。<ぼくの花が、あのどこかにある>って思ってね。でも、もしその花がヒツジに食べられてしまったら、その人にとっては、星という星が突然、ぜんぶ消えてしまったみたいになるんだ!それが重要じゃないって言うの!」 ー 38--39ページ

それから王子さまは、キツネのところに戻った。

「さようなら」王子さまは言った……

「さようなら」キツネが言った。「じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない。」 ー 108ページ

「星々が美しいのは、ここからは見えない花が、どこかで一輪咲いてるからだね……」 ー 115ページ

 

美徳のよろめき (新潮文庫)』 著者 : 三島由紀夫

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三島作品は好きでこれまでにもそこそこ読んできました。この作品は人妻の姦通を描いたもので、登場するのは漏れ好みな悪い女です(あくまでも小説上のキャラとして好き、という意味)。一児の母という身でありながら、とにかくやりまくっては堕ろしまくる。エグいて。自分の子供を見つめながら「この子が私を赦すと言ったら、私はこの子を殺すだろう」と述べるシーンが怖すぎて震えました。

どんな邪悪な心も心にとどまる限りは、美徳の領域に属している、と節子は考えていた。 ー 57ページ

節子は上流階級の娘であり、よくしつけられて育った身でありながら、心のなかではとんでもないことを考えている……。実際こういうのはたまらんです。純文作家(に限らずかもしれんが)ってどうしてぐちゃぐちゃなものを書きたがるんでしょうか。日常に潜む非日常だから……?いずれにせよ悪い女・怖い女が好きな方にはおすすめできる一冊です。

ただ、個人的には巻末に添えられた北原武夫氏による解説文が強すぎて、そちらに最後持っていかれてしまった印象が強かったです。

そしてこの心憎い作者は、この美しいシーンに更に心憎い註をして、『節子はこのとき、何に似ていたと云って、一等、聖女に似ていただろう』と書いているが、このぼくの余計な駄文をここまでお読みになった読者には、この不定な人妻がどういう意味で「聖女」であり得たか、もう充分納得されただろうと思う。この『聖女』の意味が不幸にして汲み取れない読者は、日本に数少ない耽美主義的作家が、精緻な技巧を凝らして作り上げた、極度に人工的な美の世界には、残念ながら無縁の衆生だという他はあるまい。僕に言わせれば、ここで、不羈奔放なこの作者は、彼一流の錬金術によって、背徳という銅貨を、魂の優雅(エレガンス)さという金貨に見事に換金したのである。 ー 『美徳のよろめき』解説 北原武夫

まじで背徳という銅貨を、魂の優雅(エレガンス)さという金貨に換金してみたすぎるだろ。

 

『東京百景 (ヨシモトブックス)』 著者 : 又吉直樹

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本好きで知られるピース・又吉さんの作品です。売れない芸人時代から現在に至るまで、又吉さん自身が見つめてきた「東京」について、100の短編にまとめた自伝的エッセイです。

壮絶に面白かったです。文才にあふれる筆致は言わずもがな、又吉さん自身の体験がとにかく面白い。なんでこんな面白い人生送ってんの?と想ってしまうほど。また、とにかく本当に本が好きなんだろうなという感じがビシビシ伝わってきました。言葉選びや、たまに挟まれる詩っぽい要素、いずれもよかった。いわば短編集なので、ちょびちょび読むのにも適しています。ほんのちょっとの空き時間に本を読んでみたいという方にはおすすめの一冊かと思います。

タイトルである東京百景は、太宰治の『東京八景』から来ているんだそう。そちらは未だ読んだことがないので、いつか読みたいと思います。

 

『道化の精神 (わが人生観) 新装版 (人生はいつでも中間報告)』著者 : 太宰治

ふいに見たくなって月がきれいを見返していたところ、太宰作品を猛烈に読みたくなったので手に取りました。どちらかというと、この本自体は編者によって集められた太宰の名言集的な感じもありました。月がきれいでは度々恋愛に関する太宰の言葉が引かれるのですが、アニメ中で引用される言葉以外にも、恋愛についての記述が多く残っていることにやや驚きました。

本作には太宰の随筆も結構な数収録されています。今まで太宰の小説はいくつか読んできたのですが、思えば随筆にふれるのは今回が初めてでした。随筆、おもしろ!と思い、その後『心の王者 太宰治随想集』も拝読しました。こちらも面白かったです。

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『心の王者』に収録されている作品のうち、読書の仕方について共感できる記述がありました。今後もこのスタンスを忘れずにいたいと思います。

いちばん高級な読書の仕方は、鴎外でもジッドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、そうして分相応にたのしみ、読み終えたら涼しげに古本屋へ持って行き、こんどは涙香の死美人と交換して来て、また、心ときめかせて読みふける。何を読むかは、読者の権利である。義務ではない。それは、自由にやって然るべきである。 『一歩前進二歩退却』

 

羊と鋼の森』 著者 : 宮下奈都

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ひょんな事からピアノの調律師になった青年が主人公。これがちょっと変わった奴で魅力的。ワンテンポ遅れてるんだか進んでるんだかわからん会話のやり取りをするのが面白く感じました。好みの文章だったこともあり、冒頭からニヤニヤしながら読みました。「森の匂いがした。(中略)夜が少し進んだ。僕は十七歳だった。」好きです、こういうの。作中に度々登場する「森の匂い」というワードが印象的でした。調律師視点でピアノ、音楽、奏者を描くというのが自分にとっては新鮮でした。音楽にまつわる物語を読みたい人にはおすすめの一冊です。

 

『最悪の将軍 (集英社文庫)』 著者 : 朝井まかて

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主人公は五代将軍徳川綱吉です。生類憐れみの令で有名な綱吉ですが、正直言ってこの本を読むまであまりいい印象は持っていませんでした。ところが実際に彼の行動を紐解いていくと、当初抱いていたイメージが大きく変わることになりました。武ではなく文で世を治めていくことを目指していた、なんてことも初めて知りました。綱吉、生類憐れみの令でだいぶ損してる感ある。死を前にして綱吉が抱いた感情には、切ないものがあります。歴史小説に触れたい方にはおすすめの一冊です。

 

 

『雨のことば辞典 (講談社学術文庫)』 著者 : 倉嶋厚 原田稔

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今回紹介する書物の中で、最も特殊な一冊です。なんと雨にまつわる言葉のみを集めた「辞典」です。その数およそ1200語。雨に関連する言葉だけでそんなにあるんか……と驚くばかりですが、同時に季節ごとに変化する「雨」の様子を繊細に描写する日本語の奥深さ、豊かさに大変感動しました。「風」とかを題材にしても作れそうですよね。辞典ではあるのですが、読み物としても十分楽しめる一冊です。以下、面白かった項目を列挙します。

  • 紫陽花の雨
    あじさいの花を濡らして降る雨のことだそう。そんなのにも名前ついてんの?
  • 蓑(雨具)
    蓑は「みの」が一般的な呼び方だが、東北地方北部では「けら」、北陸・中部・山形では「ばんどり」と呼ぶこともあるらしい。BanG Dream!?
  • 雨乞い虫
    アマガエルのこと。アマガエルが鳴いて雨が降る確率は50〜60%とされているらしい。アマガエル、気象予報士か?と思いがちだけど、そもそもカエルが鳴く頃といえば日本各地で雨が降る割合もそのくらい。したがってアマガエルが四六時中泣いていれば、~50%くらいの確率で当たって然るべきだろうとのもっともらしいコメントが付いていて、少しワロタ。
  • 雨夜の月
    雨が降る夜の月は、実際には見ることが出来ないところから、会えない恋人の姿を想像するときなどに云う……ありえんロマンチック。
  • 主従雨(あらぶりのあめ)
    激しく降る雨のこと。あらぶりのあめと読むが、なぜこのような読み方なのかは不明らしい。
  • 雨立(うりゅう)
    雨の中に立つこと。なぜ、雨の中に立つのか、何かを訴えているのだろうか……と書いてあったが、いや知らんがなw
  • 樹雨(きさめ)
    森林に霧がかかって流れるとき、霧粒が木の葉、枝、幹などにぶつかり遅くされ、それが集まって大粒の水滴になり、枝や葉から落ちたり、幹を伝わって流れ落ちる現象のこと。鬼鮫ェ……。
  • 銀箭(ぎんせん)
    夕立の雨脚をいう。「箭」は矢。夕立の雨脚を、銀の矢と見立てた。このセンスよ。
  • 桜雨(さくらあめ)
    さくらの花の咲くころに降る雨。そんなのにも名前ついてるのかよ。ぶっちゃけ雨じゃん、ただの。
  • 遣らずの雨
    恋人や客を帰らせないように降るかと思われるような雨。客が帰宅できないほど激しく降る雨。オトメイロ/東山奈央で出てきた言葉だ!と絶叫。
  • 電車の音が近くに聞こえると雨
    雨をもたらす低気圧や前線が温かい湿った空気を運んでくると、上空に気温の逆転層ができる。この層に音波が反射して、いつも聞こえない遠くの音が聞こえるんだとか。これ、実は前から疑問に思っていたことの一つでした。普段は聞こえない電車の音が、ある時ははっきりと聞こえた経験ありませんか?

 

 

『眩 (くらら) (新潮文庫)』 著者 : 朝井まかて

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「お前ぇ、まさか……筆が握りてぇのか」

父親はただでさえ大きな目を瞠って、娘を見下ろした。

娘はこくりとうなずく。

破れ障子から、午下がりの陽射しが降るように入ってきた。父親の顔も頭にも光に紛れ、やがて何もかもが白く朧になる。

娘はただ、己の手のひらの中に初めて置かれた筆が嬉しかった。

眩々した。 ー 11ページ

葛飾北斎の娘、葛飾応為が主人公の歴史小説大変に面白かった。女絵師という存在自体が当時の日本では非常に珍しかったんじゃないでしょうか。そんな圧倒的マイノリティを物ともせず、絵かきとしてのプライドを燃やし続けながら生きた応為の人生に、わたくし深く感動いたしました。江戸時代にまつわる歴史小説を読みたい人にはおすすめの一冊です。

これを読んで以降、他にも葛飾北斎北斎が残した作品そのものに関する書物を何冊か読み、浮世絵の面白さも少し知ることができたと感じています。いきなり浮世絵にふれるよりも、こういった物語作品を通じて人物に対する興味を深めてからの方が、より浮世絵を楽しめそうですよね。とりあえずすみだ北斎美術館にめちゃめちゃ行ってみたくなりました。

目を開いて、腕組みを解いた。

西画じゃなく、かといって昔ながらの吉原図にもしたくないんだ、あたしは。

「またなんで、そんな難しいことに挑みたがる」

己に問うてみた。

「挑むほうが、面白いじゃないか」 ー 436ページ

ちなみに富嶽三十六景の36という数字は、三十六歌仙や三十六童子(不動明王が従えている童子)などで用いられることが多く、験がいいと考えられていたために用いられたとのこと。いちばん有名なのは富嶽三十六景 神奈川沖浪裏でしょうか。当初は36作品出して終わりのハズだったのが、富嶽三十六景がバカ売れしたために10作品が追加され、実際には46枚の富士の絵が存在しています。富嶽三十六景の大成功によって景色物が売れるとわかり、歌川広重東海道五十三次の作成が依頼されることになったんだとか。

富嶽三十六景の中で私が特に気に入っているのは、

です。山下白雨は画面いっぱいに広がる赤みを帯びた富士の重厚感と、斜めに走る稲妻が渋くて好きです。駿州江尻は見えないはずの「風」の動きがありありと感じられる部分が好きです。礫川雪ノ且は、雪化粧した富士山と白い空から冬の冷たくて澄んだ空気を感じることができて好きです。

 

風神雷神 風の章』『風神雷神 雷の章』 著者 : 柳広司

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江戸時代に活躍した画家、俵屋宗達が主人公の歴史小説です。風の章・雷の章からなる二本立ての作品で、バチバチに面白かったです。そもそも宗達自身に関する記述はあまり残っておらず、人物像などは未だ謎に包まれている……という話を以前にテレビで見て知っていたのですが、この作品はそこら辺をものともせず、圧倒的ノンフィクションらしさを感じさせるまでのリアリティでもって迫ってくるのが印象的な作品です。

とにかく俵屋宗達の残した作品を自分の目で見たくなります。風神雷神図屏風はもちろんのこと、本阿弥光悦との合作として知られている鶴下絵三十六歌仙和歌巻(京都国立博物館)や、唐獅子・白象図杉戸(養源院)など、製作にまつわるエピソードをある程度知った上で実際に見たいとしみじみ感じました。

なお、タイトルにもある風神雷神図屏風は、下巻の最後の最後になるまでなかなか登場しません。そこもまたもどかしく、ページを捲る手が加速します。歴史小説を読みたい人にはおすすめの一冊です。

 

 

今年は歴史小説を結構好んで読んだ気がします。2022年も、よき書物との出会いがありますように^_^