明日の予報は流星嵐。

放課後のプレアデスのことだけ書くと言ったな。実はあれは嘘だ。更新はあまりしません。

2022年:書物8選

今年も本を読みました。体感では去年に比べて全然読めなかったな…と思っていたのですが、なんだかんだ年間目標であるところの100冊にちょうど達していたみたいです。今年も印象深かった8作品をラフに紹介します。

なお紹介順は読了順に対応し、作品ごとの優劣を表すものではありません。また、ネタバレを含む場合があります。まあ漏れの記事を読んで実際に本を手に取る人はいないと思うけど( ◜ᴗ◝)

 

どうでもいいけどkindle paperwhiteを買いました。めっちゃ良い。

『教室に並んだ背表紙』著者:相沢沙呼

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全六篇の短編が収録されていて、オムニバス形式?で物語が展開されていく連作短編集。連作短編集を読むたび、この手の形式の作品は自分との相性がいいのかもなぁと思うことが多い。

学校の中で息苦しさを感じている生徒たちが主な登場人物。図書館の司書さん(しおりさんと呼ばれている)を軸に、書物との出会いで変わっていく生徒の心模様が描かれている。カースト上位のグループから追放されて居場所を失ってしまった子、互いにすれ違う女子高生……とくに後者のすれ違う二人が良かった。どこかリアリティに溢れた学園モノが好きな人にはおすすめできそう。

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『終点のあの子』著者:柚木麻子

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主な登場人物のうちの一人、奥沢朱音は誰とでも簡単に距離を詰められる女の子。学校をサボりたくなったら、最寄り駅に止まらない急行に乗って、海が見える終点の駅までいく女の子。どのグループにも属さず、よく学校をさぼり、それでいて教師からの信頼は厚い。…な〜んか不気味でいいねぇ。

やがて、朱音は自らが人を見下して生きてきたこと、そしてそのことに気づかず、あるいは目を逸らして生きてきたことを悟る。何でもそれなりにできるけど、決してひとつのことを極めることはなく、次第にどんどん追い抜かされていく

終点に辿り着くのはいつも一番乗り。それでも、すぐに追いつかれてしまう。置いていかれたのは朱里自身だった。

切なくて最高だ。

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『春にして君を離れ』著者:アガサ・クリスティ

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めぢゃめぢゃにおもしろかった………。まず、アガサ・クリスティがミステリー以外も書いてたんだ、という発見もあった。漏れがこの本を読んで感じたのは、どこにでもありそうで、それでいて静かな絶望。人生の本棚リスト入り確定の一冊。素晴らしい作品でした。

自分は良き妻良き母であることを盲目的に信じ続けている女性・ジョーンが主人公。実際は夫を縛り、子供たちに自らの理想を押し付けていることに気付いていない。物語の終盤、彼女に選択の時が訪れる。

ロドニー、赦して──知らなかったのです!

ロドニー、ただいま……今帰りましたのよ!

どっちの模様を取ろう?決めなければいけない、決めなければ。

玄関のドアのあく音がした。聞き慣れた──よく知っている物音……

ロドニーが帰ってきたのだ。どっちの模様を?さあ、どっちの?早く決めるのだ。

さあ、どうなるんでしょうか🤩続きは本編で!

 

他に好きだった部分:

「結婚とは」とロドニーは続けた。「成年に達し、十分な能力を備えるに至った二人の男女が、理性的に自分たちの行動の意味を考えつつ行う契約だ。いわば連帯の意図の表明だよ。両人はその契約の条項を尊重することを誓約する。すなわち何か不測のことが起った場合にも――病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、良きにつけ、悪しきにつけ、相手を飽くまでも見捨てない、結婚とはそういう契約なのだ。こうした言葉が協会で唱えられるからといって、牧師の承認と祝福が添えられるからといって、契約であることには変わりはない。二人の人間の合意に基いて結ばれた協約がすべて正当な契約であるように。結婚の義務のあるものが、法的な意味では何ほどの拘束力をもたないにしても、この契約にたずさわった両人は、必然的にそれに縛られるのだ。公正な見地に立って、君もそのことは認めるだろうね?」 (p.157)

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『そして、バトンは渡された』著者:瀬尾まいこ

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めちゃよかった(これ言ってばっかりだけど)。これは森宮壮介という男の物語だ。とはいいつつ、物語自体は基本的に優子という一人の女の子視点で語られていきます。でも漏れは、この作品は森宮の物語だと思う。

ところで優子という女の子は中々に複雑な環境で育った女の子。

  • 優子の本当の母親は随分前に交通事故で亡くなっていて、父親は梨花という女性と再婚、その後仕事の都合でアフリカに移住してしまう。このとき優子は10歳。優子は父の再婚相手である梨花と日本に残る選択をするが、梨花はお金持ちの初老の男性と結婚する。その後梨花は初老の男性と離婚し、そしてようやく出番が回ってきた森宮さんと結婚、からの離婚!(このあたりでごっちゃになってきますね)。優子は15歳になっていた。優子と森宮さん、血の繋がりのない二人の生活が始まる──。

話のメインは優子17歳の時にフォーカス。高校生にありがちな男女の恋、色恋で友達関係が悪くなったりするリアルが描かれていく。やがて優子は別のクラスの男の子・早瀬くんに恋をするも、早瀬くんには音大に通う彼女がいた。なんやかんやあった後、社会人になった優子は偶然早瀬くんと再会し、二人は結婚を約束するが、二人の結婚に最後の最後まで反対し続けたのは、他でもない、森宮さんだった……。

森宮さんは二人の結婚を認めるのか、認めないのか。じーんとくるラストが印象的な作品でした。

 

好きだった部分:

「優子ちゃんの母親になってから明日が二つになったって」「明日が二つ?」「そう。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない?未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。それってどこでもドア以来の発明だよな。しかも、ドラえもんは漫画で優子ちゃんは現実にいる」 (p.279)

明日が二つになるって表現、良いな。

「何度も言うけど、俺、本当にラッキーだったよ。優子ちゃんがやってきて、自分じゃない誰かのために毎日を費やすのって、こんなに意味をもたらしてくれるものなんだって知った」「守るべきものができて強くなるとか、自分より大事なものがあるとか、歯の浮くようなセリフ、歌や映画や小説にあふれてるだろう。そういうの、どれもおおげさだって思ってたしいくら恋愛をしたって、全然ピンとこなかった。だけど、優子ちゃんが来てわかったよ。自分より大事なものがあるのは幸せだし、自分のためにはできないことも子どものためならできる」森宮さんはきっぱりと穏やかに言った。 (p.361)

自分より大事なもの・女性聲優さんが居る毎日は、幸せだ。

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『海の仙人』著者:絲山秋子

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少し重たい、でもめちゃくちゃ良かった一冊。美しい文章が際立つ作品でもありました。

宝くじで3億円を当てた男・勝男は一人暮らしをしていた。ある日突然、「ファンタジー」と呼ばれる存在(神?)が現れて──。

勝男はやがて中村かりんという女性と恋人同士になる。しかし、勝男には過去に姉に犯された経験があった。そのためセックスに対して拭うことの出来ない嫌悪感を持ち続けていた。かりんとも最後まで行為には及ばない。

  • 実は姉自身は勝男が無理やり犯してきたという被害妄想に取り憑かれてしまっている。正直ここはモヤモヤする部分だったけど、眼をつぶることにする。

かりんは途中で乳がんであることが判定し、余命を宣告される。ここら辺からだいぶしんどいです。さらに勝男は雷に打たれ、失明してしまう。やめてくれェ。

光を失った勝男は、海辺でチェロを弾いていた。あるとき勝男は、かつての職場の同僚であり、勝男に好意を寄せていた女性・片桐の足音を耳にする……。150ページ程度の短い作品ですが、とても奥深さを感じました。

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『雨更紗』著者:長野まゆみ

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めちゃ良かった。文章が美しい。この人の別の作品を読んでみたくなる、そんな一冊。

かなり不思議な作品です。主人公は「哉(はじめ)」であり「玲(あきら)」。始めは別々の人間として描かれているが、徐々に同一人物であることが匂わされていく。しかし、最後まで真相は明かされない。玲は哉の別人格なのか…はたまた逆なのか。

僕はこの作品を読んで、なぜか雨と、石畳と、苔を想起しました。ライトな純文学ってほど感じ(この言い方は怒られるか?)。幅広くおすすめできるかも

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少年アリス』著者:長野まゆみ

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まーーーーーーーーじでよかった。雨更紗を読んで気に入った作者の別の作品。表現が独特であり、そして美しく、幻想的で、胸に響く。登場人物の名前とか最高でしょ、蜜蜂だぜ?(人間の名前です)著者による大幅な改稿が行われた改造版も出ているのですが、そうでない方を私はおすすめします。

八時半を回った時刻。鉄製の大扉を乗り越えてアリス達は校舎を目指した。モルタル木造の二階建て、中庭に面した一室が彼らの教室だ。二人は玄関を抜けて教室の扉を開けた。

「蜜蜂、不思議ぢゃないか。玄関にしても教室にしても、こうも簡単に扉が開くなんて。」

「月夜だからさ。」

「そうだね。」

「そうさ。」 (p.16--17)

月夜だからさ。そうだね。そうさ。

👆好きすぎる。

 

「いゝですか。皆さん。この学校の中庭に噴水がありますが、彼処がどのような場所であるか答えられますか。」

「はい、先生。彼処は夏と秋がすれ違う玄関です。」少年の声が答えた。

「その通り。つまり秋が真先に到着するところであります。」

アリスと蜜蜂はこの奇妙なやりとりを廊下の暗闇で息を潜めて聞いていた。 (p.24)

通りてえよ、夏と秋がすれ違う玄関を。

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『蔵の中・鬼火』著者:横溝正史

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かーーーーーー…………あっぱれ…………文句なし。

実は私は横溝正史による本格探偵小説・金田一耕助シリーズが一番好きでして、横溝作品はこれまで最も多く触れてきたジャンルのうちのひとつなのですが、横溝正史ってこんな作品も残してたのか……という新たな発見と、文学作品としての高い完成度にあらためて平伏してしまった。

金田一耕助シリーズってバンバン人が死にまくったり、おどろおどろしかったり猟奇的な描写も多い一方で、ただ怖いだけじゃない、文学としての良さが作品に宿っているところも魅力のひとつではないかと思っています。単純に、文才に溢れすぎ。

この本に収録されている作品にはいずれも金田一耕助のような探偵は登場しません。しかし!金田一耕助の力を借りずともこの一冊は抜群に楽しめます。特に、『鬼火』。ほんっとに良かった。漆山万造と、従兄弟の関係にあたる漆山代助という二人の男の、人生全部をかけた憎み合い。たまんねえから読んでくれ。

桑畑と小川にはさまれたせまい畔道が、流れに沿うて緩やかな曲を画いているあたりまで来た時、私はふと足を止めた。今まで桑畑にさえぎられていた眼界が、その時豁然とひらけて、寒そうな縮緬皺を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢の蘆の浮き洲の向こうに、今はっきりその姿をあらわしたからである。 (『鬼火』)

こんな風に景色を言葉に出来たらなって思うよ、俺だって。

それは生きながら湖水の底に沈められた、裸体の美女を画いたもので、セピア色に塗りつぶしたカンバスの上に、ほの白く浮き出した女の乳房には、その先に大きな分銅のついた太い鉄の鎖が、痛々しいばかりに食い入り、その下肢から下腹部へかけては、何やら蒼黒いものが、一面にぬらぬらとからみついている。初めのうち私は、そのぬらぬらを単なる水藻だとばかりに、何の疑いもさしはさまなかったけれど、よくよく見ているうちに中に一条、蛇とも竜ともつかぬ、一種異様な醜い動物のいることを発見した。怪物は鋭い蹴爪をもった一本の肢で女の乳房を引き裂かんばかりに握りしめながら、蜥蜴の肌のように底光りのする全身に波打たせて、べったりと女の腰に吸い付いている。そして女の背後から肩の上にもたげた醜いかま首からは、二つに裂けた舌をペロペロと吐き出して、何事かを女の耳にささやいているがごとくである。女はその言葉を聞いているのかいないのか、あたかも甕を担うがごとく左の手で怪物のかま首を抱え、右手は高く水中にかざしている。彼女の暗緑色の髪の毛は海藻のようにゆらゆらとただよい、もだえ、逆立ち、長くさしのべた項には、泡が凝って真珠を連ねたようである。ただ不思議なのは女の表情で、その面には少しも恐怖や苦痛の色は見えないのだ。大きくみはった瞳は燐のようにまたたいているけれど、それは苦痛や恐怖のためではなくて、ある謎のような喜びと嘲笑を溶かしているがごとくである。軽く閉ざした唇からは満足の溜め息がもれ、薔薇色の頰に柔らかく刻まれた片えくぼには、微妙に錯綜した嫌悪と歓喜の不可思議な感激が読み取られるのであった。 (『鬼火』)

なんでこんなグロテスクでいてどこか妖しく、美しさすらも感じさせるような表現できるの?

 

さきほどから窒息しそうな気持ちでこの物語に聴きとれていた私は、竹雨宗匠の最後の言葉が切れるのを待って、静かに立って縁側へ出た。と、この時機を待ちかねていたかのごとく、数千の竹の節をいっときに吹き貫くような爆音が、闇の中で炸裂したかと思うと、あれ観よ、湖水の空高く大きな鼻提灯を点じたように、花火が七彩の星をまたたかせながら、美しい花を開いた。そしてそれが一瞬の光芒を誇りながら、再び闇の底に沈んで行った後には、ただ一団の青白い焔が、鬼火のように閃々と明滅しながら、飄々として、湖水の闇の中を流れて行った。(『鬼火』)

最高すぎて漏れの体も明滅した。

 

同じく収録されている『蝋人』もこれまたよかった。

ねえ、あなたあたしを不幸せだとお思いになって?もしそうだと大間違いなのよ。あたし眼が見えなくなったことを、ちっとも悲しいなんて思ったことはありませんわ。だってあたし眼が見えなくなったおかげで、いやなもの、醜いものを水にすむことができるのですもの!そして終始あなたのお顔ばかり見ていることができるのですもの!本当なのよ、あたしの瞼のうちにはあなたの面影だけが美しい瞼花となって焼きつけられ、寝ても覚めても、そしてまた旦那の腕に抱かれている時だって、あたしが見続けている物は今朝治さん、あなたのお顔よりほかには何もないのです。ねえ、悲しい人の顔よりほかに、何も見ないですむあたしは、何という幸福な女でしょう。今朝治さん、あなたもそうお思いにならなくって?ね、ね、そう思って下さるでしょう。そう思ったら今朝治さん、何とか言って、何とか言ってちょうだい!(『蝋人』)

最高だあぁ!俺はこういうのが大好き!

 

最後疲れて雑になってしまいました。2023年も、よき書物との出会いがありますように^_^!